子どものこころとからだのケア

目次:

第9回 「アメとムチ」のしつけは正しい?
第8回 いじめの「周辺」について考える(下)
第7回 いじめの「周辺」について考える(上)
第6回 子どもが不安を感じたときの対応
第5回 子どものやる気と動機づけ
第4回 「期待」と「ピグマリオン効果」
第3回 「ほめる」ということについて
第2回 子どもに対する関わりの大切さ
第1回 震災報道に際しての子どもの心理的なケア

 

 

第9回 「アメとムチ」のしつけは正しい?

Posted by on 4月 7, 2014 in Column | 0 comments

2013年11月13日

 

「アメとムチ」のしつけは正しい?:子どもを怒鳴ることによる悪影響

 

<警視庁の児童相談所への通告件数で「心理的虐待」が半数を超える>

2013年9月13日配信の「NHKニュース」によると、今年上半期に全国の警察が摘発した児童虐待の事件は、合計221件にのぼったということでした。この数字は過去2番目に多く、被害を受けた子どもの11人が死亡したそうです。
警視庁が摘発した虐待の内訳は、「身体的虐待」が157件と最も多く、続いて「性的虐待」が49件、親から脅されたり暴言を浴びせられたりして心に傷を受 ける「心理的虐待」が8件だったそうです。また、警察は、事件として扱わない場合でも虐待の疑いがあれば児童相談所に通告しているといい、この半年間に通告された子どもは1万61人であり、去年の同時期より40%近く増え、過去最多だったということでした。
虐待といえば、児童虐待の上位を占める 「身体的虐待」をイメージすることが多いようですが、今回、私が注目したのは、警視庁が児童相談所に通告した中では、心に傷を受ける「心理的虐待」が半数余りを占めていたということです。「心理的虐待」は、加害者側にとっては、「虐待をしている」という自覚がない場合も多いために、エスカレートしやすい傾 向があります。むしろ、「しつけの一環」として肯定されることすらあります。また、特に被害者が子どもの場合、「これは虐待である」という認識を持ちにくく、表面化しないことが多いのです。
この「心理的虐待」は、故意ではない状況において、多くの場面で起こる可能性があるということから、特に注意が必要だと感じています。この「心理的虐待」がいかに悪影響をもたらすかという実験結果を紹介する記事を、同時期に目にしましたので、以下にご紹介したいと思います。

 

<子どもへの「罵声」と「体罰」の悪影響は同じ>

2013年9月9日配信の「ウォール・ストリート・ジャーナル」に、「子どもを怒鳴ればたたくのと同じ悪影響」というタイトルで、米国の大学の研 究者による研究を紹介する記事がありました。思春期の子どもが悪いことをしたとして、親から怒鳴られると、「抑うつ症状」や「攻撃的な行動」のリスクが上 昇し、たたかれた時と同じ問題が生じる可能性があるというのです。記事で紹介されたのは、9月4日に「チャイルド・デベロップメント」誌のウェブサイトで 発表されたピッツバーグ大学とミシガン大学の研究者が行なった研究です。
両親と13歳ないし14歳の子どものいる家庭976世帯を調査したその研究では、子どもには、さまざまな質問をし、「問題ある行動」、「抑うつ症状」、「親との親密度」を判断しました。親には、「戒めとしてひどい言葉を発しているかどうか」を調べる質問をしました。
子どもが13歳だった時、母親の45%、父親の42%が、前年に子どもにひどい言葉を浴びせていました。13歳の時に親から特にひどい言葉を受けた子どもは、翌年、「同年代の子どもとのケンカ」、「学校でのトラブル」、「親へのうそ」、「抑うつの兆候」といった問題が増える度合いが高かったそうです。
また、「親が戒めとしてひどい言葉を使った時」と、「たたくなどの体罰を与えた時」とでは、問題が増加する度合いは似ていたそうです。つまり、「口論を除く親子の親密度が高くても、ひどい言葉による悪影響は変わらない」ということでした。その結果、親がひどい言葉による戒めをさらに増やすことにつながり、 悪循環がエスカレートしていくことも指摘されていました。
私たち子どものいる親は、「子どもが親と温かく良好な関係を築いてさえいれば、罵声で 叱責することだってかまわない」とか、「親子の親密度が高ければ、一時の衝動で罵ってしまうことがあっても、普段からの信頼関係によってカバーできる」な どと思いがちです。しかしながら、この研究結果は、親と子どもが良好な関係を築いていたとしても、10代の子どもが親から怒鳴られたり、罵られたり、「怠惰」だの「おろか」だのと侮辱された場合は、「怒鳴っても、子どもの問題行動を減らしたり直したりはできない」、「逆に悪化させる」というように、警笛を鳴らしているのです。
また、同記事は、この研究に参加していないニューヨーク大学ランゴーン・メディカル・センターの研究者の発言もあわせて紹 介していました。この研究者は、「批判的、懲罰的、侮辱的な言葉を大量に使わないこと」、「人は尊敬し称賛している人に言われたときのほうがずっと、自分の行動に責任を感じる。子どもをしかったり恥ずかしい目に合わせたりするようなことをすれば、親の持つ力が損なわれる」と強調しています。異なる研究者が同じような論を主張していることからも、この論には一定の説得力があるといえるでしょう。

 

<「アメとムチ」方式のしつけを考え直す>

この記事を読んで、私は行動心理学のある実験を思い出しました。「アメとムチ」に関連する実験です。
T字路の右側にクッキー(アメにあたるもの)を置き、左側に電気ショック(ムチにあたるもの)を置いて、マウスの行動を分析した実験がありました。マウスは、何度かの行動で、クッキーが右側にあることを認識して、右側に進むようになります。その後、左側の電気ショックを非常に強いものに変えます。間違って左側に向かったマウスは、その強い電気ショックの衝撃で、動くことすらしなくなり、クッキーのある右側に行く行動さえも取らなくなったそうです。つまり、マウスは、強い電気ショックを再び受けることを恐れて、右側にクッキーを取りに行くことさえもせず、完全に無気力になってしまったということでした。さらに、その後、この強い電気ショックを受けたマウスたちを調べると、ストレス性胃潰瘍を発症しているマウスもいたということでした。
一方で、電気ショックを与えずに、クッキーばかり与えていた場合、マウスはそのうちクッキーという報酬に飽きてしまって、クッキーを取りに行くという行動意欲さえもわかなくなるということが、この実験によって示されていました。

 

<バランスの取れた対応が理想的>

このマウスの実験結果などによって、現在では、「アメとムチ」によるしつけや指導法に疑問が呈されるようになってきています。また、両極端な対応、つまり、「ムチ」ばかりでも、「アメ」ばかりでもいけないということもあわせて認識されるようになりました。
マウスの実験結果を、子どもに当てはめて考えてみると、厳しい「叱責や罵声(ムチ)」を与えれば、子どもは罵声を再び浴びることを恐れて、新たに何かにトライしたり、行動に出たりすることを断念することも考えられます。そして、子どもはやる気を失うだけではなく、強い罵声によるストレスを受けて、精神的に 不安定になってしまうことも十分にあり得るのです。上述の10代の子どもたちを対象にした米国の研究結果も、「ムチ」による悪影響を示しています。
だからといって、子どもがよくない行動を取った時に、全く注意もせずに放任して、「よいことを褒めちぎる(アメを与える)だけ」では、子どもにとっては、 何がいいことなのか悪いことなのかが分からなくなってしまいます。よくない行動を取った際には、適切に注意し(罵声という形のムチではなく、言い聞かせる 形できちんと簡潔に話す)、そして、よい行動を取れば、必ず褒めることを心掛けることができるようになりたいものです。つまり、対応方法が、どちらか極端であることは意味がなく、バランスが取れた対応が必要ということなのです。
これは、家庭で子どもに対してだけではなく、教育現場で教え子に対し ても、スポーツチームや体育会系部活で部員に対しても、会社などの組織で部下や後輩に対しても、共通する考え方であるといえるでしょう。「ムチ」の部分が あまりに強すぎて、厳しい罵声を浴びせたり、「巨人の星」の星一徹顔負けの熱血指導をしすぎたりすると、普段いくら親しみを込めて接したり、「君のことを 思ってるからこそ、厳しく叱っているんだ」と親身になっていることを伝えたりしてバランスを取っているつもりでも、やはりカバーすることは難しいのです。 結果、かえって教え子が学校嫌いになったり、退部者が続出したり、職場の部下がウツやストレス性胃潰瘍になったりすることも十分あり得る話なのです。(職 場の場合では、大人の被害者が、上司からの「心理的虐待」を「パワハラ」として訴えて問題解決を試みることができることもありますが、加害者・被害者とも に「心理的虐待」という認識をもちにくい家庭の中ではそういう解決方法は難しいです。)
もう少し踏み込んでいえば、「アメ」にあたる「賞賛の言葉」や「報酬」は、あくまでも「外的動機づけ」でしかありません。使い方を一歩間違えると、子どもは「アメ」ほしさのためだけに、行動することになってし まう可能性も出てくるので注意が必要です。しかしながら、なかなか行動に移すことができない子、何をやっても行動意欲がわかない子、自信を失っている子な どに対しての「目の前にある問題への対処療法」としては、この「外的動機づけ」(賞賛や報酬としての「アメ」)は効果を発揮します。特に「賞賛の言葉」 は、子どもの自信とやる気につながる大切なもので、子どもの「自己肯定感」を育みます。
こういった「賞賛の言葉」や「報酬」による「外的動機づけ」に付け加えて、さらに、子どもの「内的動機づけ(好奇心や関心によってもたらされる動機づけ)」が加われば、子どもの行動意欲をさらに高めることがで き、またその行動意欲も持続していくでしょう。この「内的動機づけ」については、今後の機会に一緒に考えていきたいと思います。

 

 香港日本人補習授業校スクールカウンセラー 合田美穂 (精神保健福祉士)