子どものこころとからだのケア

目次:

第9回 「アメとムチ」のしつけは正しい?
第8回 いじめの「周辺」について考える(下)
第7回 いじめの「周辺」について考える(上)
第6回 子どもが不安を感じたときの対応
第5回 子どものやる気と動機づけ
第4回 「期待」と「ピグマリオン効果」
第3回 「ほめる」ということについて
第2回 子どもに対する関わりの大切さ
第1回 震災報道に際しての子どもの心理的なケア

 

 

第8回 いじめの「周辺」について考える(下)

Posted by on 4月 7, 2014 in Column | 0 comments

2012年11月22日

 

いじめの「周辺」について考える(下):いじめの「目撃者」になってしまったら

 

<前回の話の続き>

日本で、大津市の中学校で発生した深刻ないじめの問題がクローズアップされてから、数ヶ月が過ぎました。この問題を風化させてはいけないと、いじ め問題の解決に真摯に取り組む人たちが続出する一方で、「たまたま自分たちはいじめとは縁がなかった」ということもあってか、当事者から遠い場所では、そ の問題が風化されつつあるような空気が感じられることもあります。このたび、このいじめの問題を風化させないためにも、再度、この問題を取り上げることに しました。このたびは、「自覚のないいじめ」、いじめとは関係ないと思われがちである「目撃者」になってしまった場合についてのお話をさせていただきたい と思います。

 

<見過ごされてしまいがちな(自覚のない?)いじめ>

大津市の事件を発端とした一連のいじめ報道を受けて、これまで、多くの専門家、コメンテーターが、様々なコメントなどを述べていました。対応方 法、対策、被害者の心のケアなど、興味深いコメントが多く、参考になると感じるものも多いのですが、その中で、筆者がとても興味深く読んだのが、精神科医 である香山リカさんの「いじめは誰にでも起きる:香山リカのココロの万華鏡」(毎日新聞 7月24日配信) でした。そこには「見過ごされてしまういじめ」についての事例が書かれてありました。

香山リカさんによると「その(いじめの)渦中にあるときには自分の身に何が起きているのか、はっきりわからず、SOSの声も上げられない場合がある」そうです。香山さんも、実際に、診察室でも何度もそういう経験をしたそうです。
香 山さんの例では、実際に、学校で陰湿ないじめの被害に遭って、不登校気味で診察室を訪れた中学生は、当初はいじめを否定していたそうです。いじめの否定 は、「いじめられていると思われたくない」という心理状態からきていると考えられるそうです。また、子どもがいじめられていることを周囲に話した場合で あっても、周囲の大人が「まさか、うちに限っていじめだなんて」とスルーしてしまうケースもあるそうです。これらの事例からは、本人または周囲の「いじめ があるということを認めたくないという心理」が働いているということがわかります。

 

<心が逃げ場を失ってしまったら>

上の内容に付け加えて、次に、見落とされがちな「心身症状」についてお話したいと思います。いじめられていることを周囲に話さずじっといじめを我 慢する、いじめられていることを否定して状況に耐える(いじめを否定していることが意識的であっても無意識であっても)、いじめられているという事実より も「自分が悪いからこうなってしまった」と自分を責め続ける・・・・などといった場合は、心が逃げ場を失っている状態であるともいえます。
心が 逃げ場を失っている状態は、いろいろな状況の下で起こり得ます。それは、いじめに限ったことではありません。心が逃げ場を失っているような強いストレス状 態が長く続くと、それが「心身症状」になって現れることが多いといわれています。心の面では、不眠が続く、何事にも億劫になってしまう、うつ状態になって しまう、ひきもこりになってしまう、言葉を発することができなくなってしまう(緘黙)などの症状となって現れます。身体の面では、免疫力が低下して感染症 にかかりやすくなる、急性の消化性潰瘍(胃潰瘍や十二指腸潰瘍)になる、などの症状が出てきます。そのままにしておくと、深刻化して更に大きな病気になっ てしまう可能性もあります。
逆説的に言えば、(周囲の大人たちにとって)特に理由が思い当たらないのに、子どもに不眠が続いたり、子どもが不登 校気味になってしまったり、緘黙状態がみられるようになったりすれば、いじめによるストレスの可能性を疑ってみる必要があります。(また、いじめの有無に かかわらず、こういったメンタル面での不調がある場合は、家庭や学校の努力だけで解決しようとせずに、心療内科などで相談するとよい場合もあります。医師 やカウンセリングなどの助けを借りることによって、より早く解決の糸口を見つけることもできます。)

香山さんは「いじめは特殊なものではなくて、どこにでも誰にでも起きるものだと考えて」と、締めくくっています。いじめが普遍的なものになっては いけないことはいうまでもないことですし、撲滅できるに越したことはありません。誰もが、いじめのない社会の構築を目指して心がけをしていく必要がありま す。しかし、現実を見ると、いじめは、どこにでも誰にでも起こりえるのです。学校だけとは限りません。ですから、「いじめはどこにでも誰にでも起こりえる こと」という認識を受け入れて、自分自身の、そして大切な人たちの心身を守っていかなければなりません。

 

<いじめの「目撃者」は、いじめとは本当に無関係?>

これまで、「いじめに遭ったらどうすれば・・・・」という前提でのお話をさせていただいていました。次に、いじめの「目撃者」になってしまった場合についてのお話をさせていただきたいと思います。
いじめを目撃した場合、人によってとる行動は様々です。例えば、子どもの場合は、大人(先生や親など)に報告する、いじめっ子に勇気を出して注意をする、 友達同士で「あれっていじめだよね。先生に伝えたほうがいいよね」と相談し合う、いじめられている子に「大丈夫?」と声をかける、周囲が見て見ぬ振りをし ているので自分もつい周囲の行動に合わせて様子を見るだけにとどまる・・・・などの行動が多いかと思います。(中には、いじめをしている集団に同調して、 つい一緒にいじめをしてしまったなどという、ひどい話もあるほどです。)
筆者は、日本では、こういった様々な行動の中でも、「周囲の行動に合わ せて様子を見る」という子どもが、意外と多いのではないかと感じています。過日の大津の事件の場合、いじめの事実を先生に訴えた生徒が何人かいたとされて います。その後、聞き取りなどを続けていくうちに、それまで知られていなかったいろいろな目撃情報が次々と出てきていることを考えると、いじめの事実を知 りながらも、結果として、「動かなかった(動けなかった)」生徒も実は多かったのではないかと思えるのです。「何とかしなきゃいけない」と強く思いながら も、「周囲に動きかがないから、どう行動していいかわからなかった」、あるいは、「下手に事件に関わることによって、いじめっ子から逆恨みされたら怖いか ら、声に出せずにいた」というような人も同様です。

 

<「同調行動」による影響の大きさ>

こういった行動は、社会心理学の用語である「同調行動」で説明されることがよくあります。ここで少し、「同調行動」について、ご紹介をしたいと思 います。集団のなかでは、人は多数者(多数勢力)の行動や意見の影響を受けやすいといわれています。「同調行動」とは、判断や態度などを含む広い意味での 「行動」に関して、他者、あるいは集団が示している標準や期待にそって、それらに合わせるかたちで、同一あるいは類似の行動をとってしまうということで す。(それは、意識的である場合も、無意識的である場合もあるといわれています。)
この「同調行動」については、過去に数名(アッシュ、ドイッチ、チャルディーニなど)の研究者による実験が行われています。その中でもよく知られているのがアッシュの実験です。

  • 被験者(実験を受ける人)が単独の場合、「棒の長さが同じものを判定する問題」では、誰もが簡単に正解になった。
  • 被験者が数名(本当の被験者は一人だけで、他は全員がサクラで、被験者はサクラがいることを知らない)というグループを作り、先にサクラがそろって誤解答をしたら、被験者もその影響を受けて誤解答をしてしまい、正答率が著しく下がった。
  • この実験で、人には、「本心では別のことを考えていたとしても、大勢の人が賛成している事柄については、自分だけが反対意見を述べにくい」、「大勢の人に同調してしまう」という傾向があるということが結論づけられた。

いじめを目撃して「何とかしなければ」、「これはまずいのでは?」と心で思っても、他の多数がいじめに対して何も行動しなければ、自分も同調して 行動に移さず何もしないまま・・・になってしまうことは、理解できないことではありません。特に、「協調」や「周囲との和」を重んじる日本社会では、自分 だけが周囲と異なる行動に出ることを避ける傾向が強いと考えられます。更に、集団行動を重んじる日本の学校では、このような「同調行動」が涵養されやすい 土壌があるように思います。社会心理学研究では、精神的に未成熟な子どもに、この「集団心理」が生まれる傾向が強いといわれています。ですから、子どもの 集団である学校で、こういった状況が生じやすいということはよく理解できる話です。(ただ、様々な文化的背景を持つ子どもたちの集団である国際学校などの 場合は、集団からの影響は、日本の学校ほどではないと考えられます。)

話は戻りますが、いじめは、人の生死に関わる重要な問題と言っても過言ではありません。もし、いじめの「目撃者」になってしまったら、もう既に 「他人事」ではないのです。そして、周囲が何も行動に移していなかったとしても、周囲に合わせて静観するというのではなく、とにかく、何らかの行動に移す ことが必要とされます。1人で行動に移さなければならないというのではなく、何らかの行動(大人に伝えたり、友達に相談をして一緒に教師に話しに行ったり するなど)に移すだけでも、少しでも解決に近づくのです。(子どもが勇気を振り絞ってそういう行動を起こしても、肝心の大人がそれをスルーしたり、「それはいじめじゃない」と言って流すことなどはあってはなりません。)
家庭や学校でも、普段から、大人は「他のお友達はそう思うかもしれないけれど も、あなた自身の意見はどうなの?本当にそう思ってるの?」と、子どもに対して、自分で考え意見をしっかり述べさせる練習をさせることが大切です。自分で 考えて意見をきちんと述べることを学ぶことは、人のためだけではなく、将来、自分の身を守ることにもつながります。

 

香港日本人補習授業校スクールカウンセラー 合田美穂 (精神保健福祉士)