子どものこころとからだのケア

目次:

第9回 「アメとムチ」のしつけは正しい?
第8回 いじめの「周辺」について考える(下)
第7回 いじめの「周辺」について考える(上)
第6回 子どもが不安を感じたときの対応
第5回 子どものやる気と動機づけ
第4回 「期待」と「ピグマリオン効果」
第3回 「ほめる」ということについて
第2回 子どもに対する関わりの大切さ
第1回 震災報道に際しての子どもの心理的なケア

 

 

第7回 いじめの「周辺」について考える(上)

Posted by on 4月 7, 2014 in Column | 0 comments

2012年8月4日

 

いじめの「周辺」について考える(上)

 

<最近のいじめ報道を受けて>

最近、日本のニュースでは、ほぼ毎日のように、いじめに関する報道がなされています。「こんなことがこんなに頻繁にあっていいのか」、「亡くなる 前に助けてあげられる人はいなかったのか」、「周りは誰も問題視しなかったのか」、「こんなに深刻になる前にどうして相談をしなかったのか」・・・など、 関係者だけではなく、このニュースを目にした多くの人たちの中では、様々な思いが交差していると思います。

 

最近のいくつものいじめに関する報道の中で、最も多くの人が注目している事件が、大津の中学校で起こったいじめの事件だと思います。この一件で は、いじめを行っていたとされる生徒だけではなく、学校側、教育委員会などの対応も厳しい批判を受けています。現段階では、詳細なことや、報道内容の真偽 がはっきり分からないので、多くのことを判断することができませんが、亡くなった生徒は、学校の先生にも自身がいじめられていることを訴えていた(また は、少なくとも学校の先生は、いじめがあったことを把握していた)といわれています。

過去には、子どもが、誰にも相談することなく、いじめを苦にして亡くなった後に、「相談してくれれば良かったのに」と、多くの人が無念に思い、悲 しんだ事件も少なくはありませんでした。そういう中で、この大津の事件では、被害者の生徒が事前に学校側にメッセージを発していた(または、少なくとも学 校側がいじめを把握していた)ということは、とても重要なことでした。しかしながら、どうして、それを生かすことができないまま、被害者の生徒が亡くなっ てしまったのでしょうか。この点について、私たちは真摯に考える必要があると思いました。

 

ここで、別の事件の話になりますが、大津のいじめ事件の報道の余韻が冷めやらぬ時に、似たような事件が報道されていたのを覚えている方も多いかと 思います。「集団暴行、中学生5人逮捕・補導=同級生の鼻骨折り、髪に火―大阪府警」と題した記事(時事通信、7月25日配信)がありました。その記事に よると、同級生を殴って鼻の骨を折ったり、髪に火を付けたりして集団で暴行したとして、傷害などの容疑で大阪府内の中学3年の15歳の少年3人が逮捕さ れ、暴力行為法違反の非行事実で中学2年の少年2人が補導されました。その発覚につながったのが、被害者の生徒の担任教諭による対応でした。当初、被害者 の生徒は、登校した際に不審に思った担任教諭に対して、顔の腫れを「こけた」と説明したそうですが、その後、担任教諭が1時間話を聞いて、ようやく「殴ら れた」と打ち明けたということでした。その後、警察の調べでは、被害者は中1のときから継続的にいじめを受け、毎月数千円を渡すなどしていたことがわかっ たそうです。

この記事だけで、詳細な状況や人間関係を把握するのには無理がありますが、少なくとも、この担任教諭が、被害者の生徒の様子に不信感を持たず、或 いは親身になって話を聞くことをせず、被害者の生徒の当初の説明を鵜呑みにしていたら、問題解決への展開には結びつかなかったと思います。おそらく、一連 のいじめは現在に至るまで発覚しないまま、継続していたかもしれませんし、大津の事件のような悲劇に発展していたかもしれません。

 

<ラポール(rapport)を築くことの大切さ>

上の話から、思い浮かんだのが「ラポール」という 言葉でした。「ラポール」とは、もともとは心理学の用語で、セラピスト(カウンセラー、心理士)と、クライアントの間に、信頼感や安心感があって、感情の 交流が行えるような関係が成立している状態のことを表します。心理療法の現場では、この「ラポール」を築くことが、セラピストの基本的態度であるとして重 視されています。セラピストとクライアントの間に「ラポール」が形成されると、両者の間において受容や共感が進み、信頼関係が構築されていくからです。

現在は、「ラポール」は、心理療法の場に限らず、「社会、教育機関、家庭などにおけるどのような人間関係においても必要とされるコミュニケーショ ンをはかるための信頼関係の土台である」とも言われるようになってきています。「ラポール」は、人々が互いに承認、信頼を得ることを必要とする関係の中 で、非常に重要とされているのです。ここで忘れてはならない重要なポイントが「互いに」という部分です。

 

大津および大阪の2つの事件では、ともに、被害者の生徒と、その担任教諭の間には、まったくコミュニケーションがなかったというわけではありませ んでした。前者と後者の相違は、「ラポール」という部分が欠如していたかどうかという点にあったと思います。前者の場合、担任教諭が、被害者の生徒が亡く なる6日前に、学校内でのいじめの報告を受けて、「大丈夫か」と確認したところ、被害者の生徒は「大丈夫」と答えたといい、担任は当事者同士を仲直りさ せ、生徒と加害者の保護者にも事実を伝えたといわれています。その裏に、生徒の見えないSOSのメッセージがあったのかもしれませんし、気づいてほしいと いう願いがあったかもしれません。両者には、本当の意味での「ラポール」が築けていない状態であったのではないかと思われるのです。

もちろん、いじめ事件については、教諭の対応だけが問題だったのではありません。(いじめの根本的な問題を考える際には、担任教諭だけに責任を押 しつけることは、してはならないことです。このケースでも、少なくとも、担任は声かけをしていたわけですし、完全にスルーしたわけではありませんでし た。)しかしながら、被害者の生徒と担任教諭の間に、相互の信頼の上での「ラポール」を築くことができていたなら、そして、担任教諭が子どものSOSの メッセージを感じることができていたら、もっと真摯に耳を傾けていたら、子どもの異変に気づいていたら、もっと早い段階のうちに、いじめが深刻化すること を防げたかもしれないと思えてなりません。

 

近年、政府や自治体などでは、いじめや非行の問題などに対応する形で、電話相談の窓口を設けていますし、自治体によっては学校にスクールカウンセ ラーなどを置いているところもあります。また、文部科学省は、この8月1日より、いじめ自殺など児童や生徒が事件・事故に巻き込まれた際の、対応に当たる 学校や教育委員会に助言などを行う「子ども安全対策支援室」を発足させました。このように、いじめによる深刻な問題を未然に防ぐために、また、起こった問 題に早急に対応するために、周囲が制度を整えて準備をすることは重要なことです。

しかしながら、それと同じように重要なことは、子どもと大人(担任教諭のみならず、家族や、子どもと関わりある大人たち)が、子どもとの間に「ラ ポール」を築いておくことだと思います。たとえ、上述のような相談できる環境が整っていたとしても、子どもは、自身が深刻ないじめにあった際に、すぐに 「電話相談」に電話するでしょうか。自ら積極的にスクールカウンセラーに会いに行くでしょうか。むしろ、ひとりで問題を抱え込んでしまって、即座にこのよ うな行動に移せない子どもも少なくないのではないかと思います。中には、いじめる側の報復を恐れてサインを出せない子ども、話せる相手がいないために声に 出せない子ども、いじめられているという自覚がないまま悩む子ども、ひきこもりになったりウツのような症状が出たりしてしまう子どももいるはずです。そう いう時こそ、周囲の大人の助けが必要となります。

 

一般的に、いじめといえば、「うちの子に限って」とか、「わたしは友達が多いから大丈夫」などと、大人にしても子どもにしても、他人事として考え てしまう場合も少なくはありません。しかし、こういった問題は、決して他人事ではなく、誰もが遭遇する可能性があります。(いじめられたことなんて全くな さそうに感じられる、誰もが知る人気芸能人も、最近、「アイドルとして活躍し始めた高校時代、それを面白く思わない地元の不良たちから殴られるなどのいじ めに遭った」と告白しています。)

子どもの周囲にいる大人たちは、子どもの様子や言動に普段と変わったことがないか、突然交友関係が変わったりしていないか、何か話したそうにして いるのではないかということに、常に気を配ることはもとより、普段から、子どものことを承認し、子どもと信頼関係を構築すること、そして、できるだけ家庭 と学校間にコミュニケーションが取れるような関係を作っておく必要があります。一般的には、いじめの問題が発覚したら、「犯人探し」のみに始終してしまう ところが往々にしてありますが、それと同時に(いや、それ以上に)大切なことは、普段から、子どもとの間に相互の承認、信頼に基づいた「ラポール」を築い ておくことなのです。それが問題解決の重要な糸口となるのです。

 

香港日本人補習授業校スクールカウンセラー 合田美穂 (精神保健福祉士)