第2回 子どもに対する関わりの大切さ

2011年4月19日

 

≪増え続ける児童虐待の現状≫

近年、児童虐待の事件の報道が後を絶たず、息をのんでしまうよう な悲惨な事件が目立っています。厚生労働省が、2010年7月に発表した「子ども虐待による死亡事例等」に関する報告によると、2008年度の犠牲者数 128人中、無理心中以外の死者は67人(うち、3歳以下が7割を超えており、最も多いのは0歳児の39人)でした。 心中を除いては、身体的虐待が約8 割で、約2割が育児放棄でした。加害者について言えば、実母が59.0%で、実父が16.4%となっており、虐待理由は「育児不安」が4分の1となってい ました。また、厚労省によると、児童相談所における虐待の相談件数は1999年度に1万件を超え、2009年度は4万4210件(前年度比1546件増) でした。(以上、『毎日新聞 2010年8月19日 東京夕刊』より。)

「3歳以下が7割」や「加害者は実母が59.0%、実父16.4%」という数字をみてみると、最も手がかかるといわれて いる乳幼児期に、子育てに挫折したり、過度なストレスにさらされたりして、子供に対して虐待をおこなってしまう親が多いのであろうと思われます。さらに、 それらの虐待は、上述のように血のつながった実の親によるものが7割を以上を占めるということが、一般的には信じがたいような高い割合となっています。最 近の事件の中では、奈良県の自宅で長男(当時5歳)を餓死させたとして保護責任者遺棄致死罪に問われた親は、「愛情や関心がなくなった」と虐待の実態を 語っていました。「実の親なら、愛情をかけるはず」という考えは神話なのでしょうか。実際に、子どもに対して「愛情がなくなった」、「愛情が薄れた」とい う理由によって、虐待に走ってしまう事実があるのです。

では、虐待に至らなければ問題ないといえるのでしょうか?「ウチはこういうニュースとは無縁」、「ウチは虐待なんてして ないから大丈夫」、「将来子どもが生まれても、虐待なんてするわけがない」、「私は自分の子に愛情を抱くに決まっている」などと言っている人であっても、 子どもへのかかわり方には注意が必要なのです。虐待に至らなくても、「子どもに対する関わりの不足が、子どもの発達に大きな影響を与える」という事実が、 昨今、国内外の研究者によって報告されているからです。有名なものには、アメリカの動物学者であるハーロー(1905-1981)と、イギリスの医師、精 神分析家であるボウルヴィ(1907-1990)による研究があります。

≪関わりは時間の長さよりも質が大切≫

ハーローは、アカゲザルの実 験をおこなって、生後8週間以内にスキンシップが欠如した子ザルは、後に重篤な精神障害をきたすということを明らかにしました。また、ボウルヴィは、ハー ローのアカゲザルの実験を受けて、「愛着理論」をまとめ、「生後2~3年ほどの時期が重要であり、愛情あふれた適切な応答が不足することは、発達に有害で ある」と論じました。ボウルヴィによれば、新生児が自分の最も親しい人を奪われたり、また、新しい環境に移されたりなどすることによって、その環境が不十 分でかつ不安定な場合に、「母性的養育の剥奪(発達の遅れ、病気に対する抵抗力、免疫の低下、メンタル面での支障など)」が起こることを指摘しています。 ボウルヴィは、乳幼児と保護者(主に母親)との人間関係が親密で継続的なものであって、かつ両者が満足と幸福感に満たされるような状態であることの大切さ を主張しました。

このボウルヴィの「愛着理論」については、脳科学者である茂木健一郎氏も、最近注目しています。茂木氏は著書の中で、 「子どもが何か新しいことを覚えるためには、保護者による“安全基地”が必要で、それを与えてくれる者に対して“愛着”という感情を覚えることができる」 というボウルヴィの研究成果を例に挙げて、人々が愛着を通して安全基地を形成することの重要性を強調しています。

日本の研究者からも、近年、興味深い話が報告されています。最近知りえた話では、ラットを使ったデータでは、生後の極め て早期に、ラットを愛情剥奪状況に置くと、将来うつ病になりやすいということが示唆されており、また、子育てに熱心な家系のラットの子を、不熱心な家系の 親に育てさせると、うつ病になりやすいという研究結果が出ているようです。また、「幼少期の育ちによって、遺伝子の発現の仕方に影響が生じる可能性」およ び「心的外傷(トラウマ)なども、脳に気質的な変化をもたらす可能性」など、幼少期における外部からの影響が、子どもの遺伝子や脳にまで影響をもたらすと いう可能性も示唆されています。

児童虐待の報道などからは、「虐待をした親が子どもだった頃、その親からきちんと向き合ってもらえなかったり、親からの 愛情を受ける機会がなかったりしたために、わが子に対する愛し方や接し方がわからず、虐待に走ってしまった」などといった話も聞くようになっています。 「では、虐待してなければ大丈夫なのか?」といえば、そうではなく、子どもとの「関わりの質」がまさに重要となってきます。保護者ができるだけ長い時間、 子どもと過ごすようにしたとしても、「ただ単に、長時間同じ部屋にいるだけ」という状況では、よい関わり方ができているとは言えません。むしろ、短時間で あったとしても、愛情あふれた適切な応答をともなう関わり方をするほうが、「関わりの質」を考える上では、ずっといいのです。幼少期の関わり方がおろそか になってしまうと、子ども時代の不安定な心理状況が大人になっても継続し、意図せずに同じような状況を「再生産」してしまう、といったことも起こりうるの です。

(この文章は、「静岡産業大学応用心理学研究センター通信」の筆者のコラムに、加筆修正を加えたものです。)

 

香港日本人補習授業校スクールカウンセラー 合田美穂 (精神保健福祉士)