第3回 「ほめる」ということについて

2011年7月1日

 

≪「ミラーニューロン」の作用≫

このたびは、「ほめる」ということについてお話をさせていただきたいと思います。私ごとですが、小学生のころから高校野球の全国大会をずっと観戦し ています。ここ数年は、海外にいながらも、インターネットのおかげでリアルタイムで試合の臨場感を感じることができ、便利な世の中になったと実感していま す。これまでの高校野球観戦の中で、例えば、絶叫型の選手宣誓から、手作りの心温まる選手宣誓に変わってきたり、栄養のありそうなものをとにかくたくさん 食べればいいというような食事の仕方から、専門家の指導に従ってスポーツ医学や栄養学に基づいた食事のとり方に変わってきたり・・・など、いろいろな変化 を実感しています。中でも大きく変わったと感じていることは、スポーツ根性型の怖くて厳しい指導者が少なくなって、ほめ上手な指導者が増えたことではない かと思っています。これは心理学の見地からいっても、いい傾向だと思うのです。

2007年の夏の全国高校野球選手権大会で、佐賀北高校が公立高校として、11年ぶりの優勝を遂げたことが記憶に新しい方も多いかと思います。『涙 の数だけ大きくなれる!』(木下晴弘著、フォレスト出版)によると、佐賀北高校の選手たちは、試合中に常に相手チームをほめていたとのことです。相手チー ムの選手のヒットに対して「ナイスバッティング!」、相手チームの投手の奪三振に対して「ナイスピッチング!」などといって、声をかけてほめていたそうで す。佐賀北と対戦して破れたチームの選手は次々と佐賀北のファンになり、勝つたびに佐賀北はそういった応援者を増やして、最終的に全国優勝を果たしたとい うことが書かれてありました。著者の木下氏は、その理由として、「ミラー細胞(ミラーニューロン)」のパワーを挙げていました。

「ミラーニューロン」は、実は1996年に発見されたばかりの新しいもので、詳しいことはまだわかっていないのですが、言語、共感、他者の意図の理 解などと関連があると言われています。著者の木下氏は、相手が「ありがとう」と言ってくれたら、自分にも「こちらこそ、ありがとう」という気持ちがわいて くることが「ミラー細胞」のはたらきによるものであると述べています。例えば、ほめられた相手チームの選手は、ほめてくれた佐賀北ナインを応援する。佐賀 北ナインも、そうやってたくさんの人から応援されていると思うと、なおのことパワーが出る・・・・といったことです。そのようなプラスの相乗効果は、まさ に「ミラー細胞」の効果ではないか、ということでした。私は、このように相手チームの選手をほめるような指導をしていた佐賀北高校の監督さん自身も、おそ らくほめ上手な指導者であり、ほめることで選手のやる気を引き出してきたに違いないと思っています。

 

≪肩の力を抜いて、ほめ上手に≫

ほめることで、やる気を引き出す。この考え方には一理あると思います。逆説的な話になりますが、よく周囲から叱られたり注意されることが多い子ども は、自信を失ってしまったり、自尊心が傷ついてしまったりして、ますますやる気が出なくなってしまい、その結果、ますます叱られるようになるという話は、 実に多いのです。ひどく叱られたことで、「今度こそ挽回するぞ!」「頑張って見返してみせる!」というように、やる気をみせる子どものほうが少ないとも言 われています。何かの行動を学習させるには、「歩き回ったらダメ!」「うるさい!黙りなさい!」「散らかさないの!」と言って、否定的な言葉や大声で叱っ て教えるよりも、「座っていることができてエライわねぇ」「電車の中でしずかにしてたね。すごいわ」「おかたづけできたね。よくやったわ」と言って、ほめ ることの方が、ずっと効果的だと言われているのです。

「ほめることが全然なくて、叱ることばかり」ということだってあるかもしれませんが、ほめるに値することは何か必ずあるはずなのです。親の気持ちに 余裕がない場合は、子どもの悪い面に対して、つい目が向いてしまったり、些細なことに対しても、叱りがちになってしまったり・・・ということが多いようで す。「できて当然のことだから」、「そんなことはだれもができていることだから、ほめるに値することではない」といってほめないでいるのが普通になってい たり、子どものよくない行動に対して否定することや叱ることが習慣になっていたりしている場合には、一度、立ち止まって深呼吸をして、肩の力を抜いてみる のもいいかもしれません。心に少しでも余裕ができれば、子どもの行動のいいところや、少しでもできているところを見つけて、笑顔でほめてあげることができ ると思います。

「ほめること」と「甘やかすこと」はイコールではありません。叱責や注意が必要な時はもちろんありますし、状況次第では叱らなければなりません。そ の一方で、ほめて子どものやる気を引き出すことは、とても重要なことだと思っています。大人だから、親だからといっても、完璧な人は誰ひとりだっていませ ん。「こんな些細なことで子どもを厳しく叱ってしまって、傷つけてしまった。かわいそうなことをしてしまった」と、子どもの寝顔を見ながら反省させられる ことは誰にだってあります。そういう試行錯誤を繰り返しながら、どんどんほめ上手になっていければいいなと(子育て中の私も)思っているところです。

香港日本人補習授業校スクールカウンセラー 合田美穂 (精神保健福祉士)

 

第2回 子どもに対する関わりの大切さ

2011年4月19日

 

≪増え続ける児童虐待の現状≫

近年、児童虐待の事件の報道が後を絶たず、息をのんでしまうよう な悲惨な事件が目立っています。厚生労働省が、2010年7月に発表した「子ども虐待による死亡事例等」に関する報告によると、2008年度の犠牲者数 128人中、無理心中以外の死者は67人(うち、3歳以下が7割を超えており、最も多いのは0歳児の39人)でした。 心中を除いては、身体的虐待が約8 割で、約2割が育児放棄でした。加害者について言えば、実母が59.0%で、実父が16.4%となっており、虐待理由は「育児不安」が4分の1となってい ました。また、厚労省によると、児童相談所における虐待の相談件数は1999年度に1万件を超え、2009年度は4万4210件(前年度比1546件増) でした。(以上、『毎日新聞 2010年8月19日 東京夕刊』より。)

「3歳以下が7割」や「加害者は実母が59.0%、実父16.4%」という数字をみてみると、最も手がかかるといわれて いる乳幼児期に、子育てに挫折したり、過度なストレスにさらされたりして、子供に対して虐待をおこなってしまう親が多いのであろうと思われます。さらに、 それらの虐待は、上述のように血のつながった実の親によるものが7割を以上を占めるということが、一般的には信じがたいような高い割合となっています。最 近の事件の中では、奈良県の自宅で長男(当時5歳)を餓死させたとして保護責任者遺棄致死罪に問われた親は、「愛情や関心がなくなった」と虐待の実態を 語っていました。「実の親なら、愛情をかけるはず」という考えは神話なのでしょうか。実際に、子どもに対して「愛情がなくなった」、「愛情が薄れた」とい う理由によって、虐待に走ってしまう事実があるのです。

では、虐待に至らなければ問題ないといえるのでしょうか?「ウチはこういうニュースとは無縁」、「ウチは虐待なんてして ないから大丈夫」、「将来子どもが生まれても、虐待なんてするわけがない」、「私は自分の子に愛情を抱くに決まっている」などと言っている人であっても、 子どもへのかかわり方には注意が必要なのです。虐待に至らなくても、「子どもに対する関わりの不足が、子どもの発達に大きな影響を与える」という事実が、 昨今、国内外の研究者によって報告されているからです。有名なものには、アメリカの動物学者であるハーロー(1905-1981)と、イギリスの医師、精 神分析家であるボウルヴィ(1907-1990)による研究があります。

≪関わりは時間の長さよりも質が大切≫

ハーローは、アカゲザルの実 験をおこなって、生後8週間以内にスキンシップが欠如した子ザルは、後に重篤な精神障害をきたすということを明らかにしました。また、ボウルヴィは、ハー ローのアカゲザルの実験を受けて、「愛着理論」をまとめ、「生後2~3年ほどの時期が重要であり、愛情あふれた適切な応答が不足することは、発達に有害で ある」と論じました。ボウルヴィによれば、新生児が自分の最も親しい人を奪われたり、また、新しい環境に移されたりなどすることによって、その環境が不十 分でかつ不安定な場合に、「母性的養育の剥奪(発達の遅れ、病気に対する抵抗力、免疫の低下、メンタル面での支障など)」が起こることを指摘しています。 ボウルヴィは、乳幼児と保護者(主に母親)との人間関係が親密で継続的なものであって、かつ両者が満足と幸福感に満たされるような状態であることの大切さ を主張しました。

このボウルヴィの「愛着理論」については、脳科学者である茂木健一郎氏も、最近注目しています。茂木氏は著書の中で、 「子どもが何か新しいことを覚えるためには、保護者による“安全基地”が必要で、それを与えてくれる者に対して“愛着”という感情を覚えることができる」 というボウルヴィの研究成果を例に挙げて、人々が愛着を通して安全基地を形成することの重要性を強調しています。

日本の研究者からも、近年、興味深い話が報告されています。最近知りえた話では、ラットを使ったデータでは、生後の極め て早期に、ラットを愛情剥奪状況に置くと、将来うつ病になりやすいということが示唆されており、また、子育てに熱心な家系のラットの子を、不熱心な家系の 親に育てさせると、うつ病になりやすいという研究結果が出ているようです。また、「幼少期の育ちによって、遺伝子の発現の仕方に影響が生じる可能性」およ び「心的外傷(トラウマ)なども、脳に気質的な変化をもたらす可能性」など、幼少期における外部からの影響が、子どもの遺伝子や脳にまで影響をもたらすと いう可能性も示唆されています。

児童虐待の報道などからは、「虐待をした親が子どもだった頃、その親からきちんと向き合ってもらえなかったり、親からの 愛情を受ける機会がなかったりしたために、わが子に対する愛し方や接し方がわからず、虐待に走ってしまった」などといった話も聞くようになっています。 「では、虐待してなければ大丈夫なのか?」といえば、そうではなく、子どもとの「関わりの質」がまさに重要となってきます。保護者ができるだけ長い時間、 子どもと過ごすようにしたとしても、「ただ単に、長時間同じ部屋にいるだけ」という状況では、よい関わり方ができているとは言えません。むしろ、短時間で あったとしても、愛情あふれた適切な応答をともなう関わり方をするほうが、「関わりの質」を考える上では、ずっといいのです。幼少期の関わり方がおろそか になってしまうと、子ども時代の不安定な心理状況が大人になっても継続し、意図せずに同じような状況を「再生産」してしまう、といったことも起こりうるの です。

(この文章は、「静岡産業大学応用心理学研究センター通信」の筆者のコラムに、加筆修正を加えたものです。)

 

香港日本人補習授業校スクールカウンセラー 合田美穂 (精神保健福祉士)

第1回 震災報道に際しての子どもの心理的なケア

2011年3月25日

 

≪震災報道が子どもに与える影響≫

東日本大震災から2週間が過ぎました。震災報道は地震発生当 初と比べるとずいぶん減ってきているものの、今もなお、被災地での地震や津波の傷跡を残した状況が、テレビを通して目に入ってきています。そのような画面 をして、震災の被害とは無縁の遠い海外にいながらも、強いショックを受けたり、胸が詰まる思いをしたりして、心を痛めている人の数は計り知れません。その ような状況の中で、子どもさんがいる香港在住の方から、「子どもが突然怖がりになった」とか「甘えてくるようになった」などといった声を聞くようになり、 被災地にいない子どもの心理的なケアの必要性について考えるようになっていたところに、興味深い記事を目にしました。

「子供の心理に影響 親が声かけ、不安取り去る工夫」(産経新聞 3月20日)と題された記事で、「子供支援学」の専門家である筑波大学大学院の徳田克己教授の興味深いお話が掲載されていました。徳田教授によると、今回 の震災後、被災地の子どもだけではなく、被災地ではない地域の子どもにも異変が起きているそうです。実際にも、阪神大震災後に、徳田教授のグループが ニュース映像を見た幼児を調査したところ、被災地ではないのに、多くの子どもに夜泣きや不登園の傾向が出たということもあったそうです。

徳田教授は、「多くの親は深く考えないまま、子どもと一緒に災害のニュースを見て、『死んだら会えないんだよ』などと話しかけたりする。震災を通じ て幼いうちから命の大切さを教えなければ、というのは勘違いで、恐怖だけを抱かせてしまう。災害から命の尊さを学べるのは小学3、4年になってから」と強 調し、震災の映像を見せたり、地震について不安な話をしたりすることの悪影響について、注意を呼びかけています。

大人なら、「自分のいる場所は今のところは大丈夫だ」とか、「今自分たちがしなければならないことをできる限りやっていこう」というように、冷静に 状況を受け止めたり、自分がとるべき態度について冷静に考えたりすることができますが、小さい子ども(特に幼児~小学校低学年)は、物事に対する理解能力 や判断能力が発達していないため、被災地の状況と現実とを混同させてしまうのです。徳田教授も、「幼児は恐怖を感じても、地震の時に正しく対処できるわけ ではなく、悪影響の方が大きい。不安を取り去るよう工夫してほしい」と強調しています。

小さい子どもがいる場合の災害情報に対する具体的な接し方として、徳田教授は、「悲惨な映像をなるべく見せない」、「親がテレビを見る時には近くに いて“ママがいるから大丈夫”といった言葉をかけて安心させる」、「災害と死を結びつけたり、死んだら会えないといった話をしたりしない」、「枕元に子ど もの宝物を置いて安心させる」などの対処法を挙げています。

 

≪子どもの心理的なストレスについて≫

特に子どもの場合は、心理的なストレスが、からだの症状 や日ごろはみられない行動の形で現れることが多くなるので、注意が必要だといわれています。日本児童青年精神医学会は、地震発生直後の3月14日に、子ど もがいる親に向けて、注意すべきこころやからだの不調についてまとめたものを、国立精神・神経医療研究センターのホームページに掲載しました。事例がとて も具体的でわかりやすいので、ここに紹介させていただきたいと思います。

<子どもに現れやすいストレス反応>

行動の反応 :
○赤ちゃんがえり(お漏らし、指しゃぶり、これまで話せたことばが話せないなど) ○甘えが強くなる ○わがままを言う、ぐ ずぐず言う ○今までできていたことも出来なくなる(食べさせてほしがる、トイレへ一人で行けない)  ○親が見えないと泣きわめく ○そわそわして落ち着きがなくなる ○ 反抗的だったり、乱暴になる ○話をしなくなる、話しかけられることを嫌がる ○遊びや勉強に集中できなくなる ○集団活動に適応できなくなる

こころの反応 :
○イライラする、機嫌が悪い ○急に素直になる ○一人になること、見知らぬ場所、暗い所や狭い所をこわがる ○少しの刺激(小さい物音、呼びかけなど)にもびっくりする ○突然興奮したり、パニック状態になる ○現実にないことを言い出す ○落ち込む、表情が乏しくなる ○ぼーっとしている

からだの反応 :
○ 食欲がなくなる、あるいは食べ過ぎる ○寝つきが悪くなる、何度も目を覚ます ○いやな夢を見る、夜泣きをする ○暗くして寝ることを嫌がる ○何度もトイレに行く、おねしょをする ○吐き気や腹痛、下痢、めまい、頭痛、息苦しさなどの症状を訴える ○喘息やアトピーなどのアレルギー症状が強まる ○ 風邪を引きやすくなる

日本児童青年精神医学会によると、以上のような、行動、から だ、こころの変化は、決して驚くような反応ではないそうです。ともに正常な反応であり、ほとんどの変化は時間とともに回復していくそうです。もし、お子さ んにこのような反応が現れたら、上述の徳田教授のアドバイスにもあるように、まずは、不安を取り去るような声かけなどを積極的に行ったり、一緒にいてあげ る時間を増やすなどの工夫が必要です。子どものからだやこころの変化に常に注意を払い、適切な対応をしていくことは、とても大切なことなのです。

 

香港日本人補習授業校スクールカウンセラー 合田美穂 (精神保健福祉士)